会報 巻頭文

会報116号 2024年3月19日

        憲法9条と世界の平和憲法



                 代表世話人 澤野義一


. 日本国憲法の平和主義は、前文において世界の諸国民の平和的生存権が保障される国際平和維持に努めることを宣言し、その目的を達成するため、第9条において一切の戦争および武力行使の放棄、戦力不保持および交戦権放棄を定めている。これらの規定から導き出される平和政策としては、通常の軍備だけでなく核兵器の保有も禁止される(完全非武装)核兵器保有の禁止に関連して、核武装の潜在力に当たる原発も「戦力」に該当するため禁止される。交戦権放棄からは第3国間への戦争加担(集団的自衛権行使)が禁じられるため平時から中立国である永世中立 (との関連では非武装永世中立) が要請される。非戦・非軍備の下での平和的生存権からは徴兵制のみならず、有事法制への協力等も 禁止される。諸国民の平和的生存権の実現のためには戦争だけでなく、戦争の原因となる専制・恐怖・欠乏等の構造的暴力に対しても、軍事力によらない(非暴力による)平和政策・外交によって対処しなければならない。

しかし、このような平和主義に対して批判的な勢力からは、ロシアのウクライナ侵攻を契機に憲法9条や非武装(永世)中立等の非現実性が明らかになったという主張もなされている。それに加え、台湾有事に関しての中国脅威論や核に関しての北朝鮮脅威論等を背景に核共有論もみられるが、岸田政権では「安保3文書」に基づき、日米同盟強化の下での日本の防衛力増強が企図(防衛費は5年以内に対GDP1%から2%に引き上げて43兆円が支出)され、特に沖縄では軍事基地強化の下で住民の平和的生存権侵害が顕著になりつつある。核政策としては核兵器禁止条約を無視し、原発を推進する法改正もなされている。このような安保政策を正当化するため、国会内外で改憲勢力は憲法前文の平和的生存権の削除や9条の改悪等を唱えている。

日本の平和憲法がこのように形骸化されつつある一方で、護憲的な勢力によって戦後主張されてきた平和政策(上述)が外国の憲法条項において部分的にではあれ具現化されてきており、国際的な平和運動において日本の平和憲法が注目されていることに留意すると、先進的な日本の平和憲法の改悪は容認されるべきではない。

 

. 注目すべき外国の平和憲法条項

①軍備不保持を規定する憲法。軍備保持を全面的に禁止してはいないが、リヒテンシュタイン(1921)、コスタリカ(1949)、キリバス(1979)、パナマ(1994)のような憲法は、有事のさいには再軍備が可能とされているが、平時の常備軍不保持を明記している。なお、憲法規定とは別に20数カ国は軍備を有していない。

 

②核兵器保有と原発を禁止する憲法。1981年のパラオの非核憲法以降、非核条項を定める憲法がみられる(フィリピン、オーストリア、カンボジア、トルクメニスタン、ボリビア等)。原発に関しては、パラオ憲法とオーストリア憲法(1999)は明確に原発(使用等)を禁止している。なお、原発を禁止する明文規定を有しないコスタリカ憲法の下で、原発設置を可能にできる政令について、同国の最高裁憲法法廷が憲法の平和の価値(非武装永世中立や平和的生存権尊重の理念等)および健全な環境への権利を侵害するとし違憲無効とした判決が出されている。

 

③外国軍事基地不設置と中立政策を規定する憲法。外国軍事基地設置の禁止を明記している例として、オーストリア、カンボジア、トルクメニスタン、エクアドル、ボリビア憲法等がある。エクアドルは米軍基地撤去運動を背景に当該憲法を制定し(2008)、米軍が撤退した事例である。オーストリア、カンボジア、トルクメニスタン憲法は永世中立規定も有している。コスタリカは憲法には「中立」関連規定はないが、対外的には1983年に永世中立宣言を行い、非武装永世中立政策を実行している。中立政策の一種である「非同盟」を憲法に規定する国としては、マルタ、カンボジア、トルクメニスタン、ネパール、モザンビーク等がある。マルタは非同盟と中立を、カンボジアとトルクメニスタンは非同盟と永世中立を規定している。ただし、法的遵守義務のある「永世中立」と異なる純然たる「非同盟」や「中立主義」は政治的外交方針にすぎず、状況次第で容易に放棄できるため、フィンランドやスウェーデンはウクライナ戦争を契機にNATOに加盟した。

 

④平和への権利 (平和的生存権)。大西洋憲章等に由来する日本国憲法の平和的生存権は、1980年前後から国連総会でも権利の固有性が承認されるようになり、現在では「平和への権利」の推進をうたうコロンビア憲法(1991)やボリビア憲法(2009)等が登場している。また、日本の下級裁判所だけでなく、コスタリカや韓国の憲法裁判所でも平和的生存権の具体的権利性が認められるようになっている。その他、ボリビア憲法にみられる人道に反する戦争犯罪への対処規定や、非常事態においても人権制限を禁止する規定、あるいはポルトガル憲法にみられる戦争犯罪を裁く国際刑事裁判所の裁判権を認める規定等は、平和への権利に関する規定として注目される。

 

. 憲法9条に注目する国際的な平和運動

①ハーグ市民国際平和会議。1999年オランダにおいてハーグ国際平和会議100周年を記念して世界から約1万人の市民らが集まった平和会議の「公正な世界秩序のための10の基本原則」の第1項目には、「日本国憲法9条が定めるように、世界諸国の議会は政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである」と述べられている。 

 

②武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ(GPPAC)会議。アナン国連事務総長の呼びかけに応えてつくられた国際的なNGO会議の中の北東アジアNGO会議は、2006年(東京開催)に提言した「東京アジェンダ」において、憲法9条の改定が北東アジアの近隣諸国に対する脅威になること、憲法9条が紛争解決の手段として普遍的価値を有し、北東アジアの平和の基盤としても活用されるべきことなどを確認している。

 

③9条世界会議。2008年に日本で開催された当該会議の声明文の一つ「戦争を廃絶するための9条世界宣言」の中で、「9条を人類の共有財産として支持する国際運動をつくりあげ、武力によらない平和を地球規模で呼びかける」と宣言し、「あらゆる人権を促進し擁護しつつ、平和のうちに生きる固有の権利を認め公式化すること。平和のうちに生きる権利なしには、他の人権も実現しえない。」という項目のほか、「日本の憲法9条やコスタリカ憲法12条のような平和条項を憲法に盛り込むことなどを通じて、戦争および国際紛争解決のための武力による威嚇と武力の行使を放棄すること」といった注目すべき項目が掲げられている。

 

なお、憲法9条や非武装中立の無意味さが明らかになったといった、ウクライナ戦争を契機にみられる主張は論拠に乏しい。ウクライナはそもそも憲法9条のような憲法を有していないから、憲法9条を持ち出す主張は筋違いである。むしろ、ウクライナはソ連邦から独立した後に憲法で「中立」を明記していたにもかかわらず、それを放棄し、アメリカの後ろ盾の下で軍備を増強しNATO加盟の方針を明確にしたことが、ロシアの侵略を招く一因になったことが問題にされるべきである。ウクライナもロシアも憲法9条のような条項を有していたら戦争は起きなかったのではなかろうか。

 

 


会報115号 2024年1月30日

          沖縄辺野古基地建設「代執行」訴訟の問題点

 

                                                 代表世話人 澤野義一

 

 防衛省は 2020 年、辺野古基地建設の埋め立て工事に関する設計変更を沖縄県に申請 したが、県は公有水面埋立法(公水法)の要件に適しないとして不承認としたため、同法 を所管する国土交通大臣が 2022 年、県の判断を違法として不承認を取り消す裁決を出 したうえ、地方自治法(法定受託事務)に基づき県知事に是正を指示した。国は指示に従 わない県を提訴した最高裁で 2023 年 9 月の勝訴判決を受けて、10 月には地方自治法 による工事代執行に向けて県を相手に、福岡高裁那覇支部へ提訴した。その結果、12 月 20 日、同高裁は国の指示を県が承認すべきことを命じる判決を下した。これで法的には 国は工事を代執行できることになり、本年 1 月 10 日から着工を強行し始めた。他方、 県は高裁の判決を不当として昨年 12 月 27 日に最高裁に上告している。

 さて、本件の代執行訴訟の問題点は、以下の点にある。つまり、地方自治法 (245 条 の8)による代執行が認められるには、①知事の法令(公水法の適用および地方自治法の 遵守)違反があること、②代執行以外の措置をとることが困難なこと、③知事の違法措 置を放置すると著しい公益侵害が生ずることが明らかなことが必要とされているとこ ろ、上記の高裁判決は、国の代執行が当該3要件を満たしていると判定したことである。

 しかし、その判定は、国(防衛省や国交省)の一連の措置や最高裁判決を妥当として踏襲 しただけで、県の工事不承認を違法とする説得力のある説明がなされていない。という のは、海の埋め立て工事をするさい、公水法は「環境保全及び災害防止に付き十分配慮」 されていないと免許を与えない権限を知事に付与しているから、知事が工事を不承認と した措置が違法となる著しい公益侵害に当たるか否か(上記③の要件)が多面的に検討さ れるべきであったが、それがなされていないからである。

 高裁は、普天間基地の危険性(騒音や事故)除去のための基地移転先の辺野古基地建設 を進めることや、日米同盟関係に不利益が生じないこと等を「公益」と考える国の見解 を評価するが、憲法の住民自治・団体自治の観点から住民の福祉への影響や自治体の自 己決定・民意を「公益」と考える県の見解を評価していない。その他、公水法の環境保 全や災害防止の観点からは、辺野古基地建設に伴う軟弱地盤、護岸の耐震設計、生物多 様性等の固有の問題を配慮することが「公益」と考えられるが、この点の検討もなされ ていない。軟弱地盤に関しては、膨大な予算を投入しても何年先に完成するか不明であ る。護岸の耐震設計に関しては、南西諸島でマグニチュード8程度の巨大地震発生の可 能性があるとの長期評価に照らすと疑問がある(本年能登半島地震マグニチュード7程 度で港湾の隆起や被災が発生)。    生物多様性に関しては、近海の環境が破壊される。

 本件に関する最高裁や高裁判決によれば、国は安保政策に沿って、自治体の意向を無 視して日本中のどこにでも軍事基地を造ることができることになるが、非軍事の平和主 義や地方自治の尊重を基本原則とする憲法に反する当該判決は容認できない。なお、高 裁が国と地方自治体の「対等な関係」が認められている地方自治法の下で代執行を安易 に認めた点にも疑問がある。


会報114号 2023年10月13日

原発汚染水の海洋放出問題

                                           代表世話人 澤野義一

 

原発汚染水(ALPS処理水)の海洋放出について、福島県の漁業関係者らの理解なしには「いかなる処分も行わない」という政府・東電・漁業関係者の約束(2015)を無視した岸田内閣の決定に基づき、東電は本年824日汚染水放出を開始した。しかし、原発汚染水は一般の原発からの排水とは根本的に異なり、事故で溶解した核燃料デブリに触れて生じた放射性物質を多く含んでおり、メディアで報道されるトリチウムだけでなく、セシウム、ストロンチウム、ヨウ素等も含まれている。このような汚染水を30年にもわたって海洋放出することは世界初のことであり、海洋での放射性物質の濃縮蓄積による人間や環境への悪影響が危惧される。

 

この点に関しては、国連人権理事会の健康や環境問題を扱う専門家(特別報告者)声明(2021)がすでに述べており、将来的に健康等への人権侵害が生ずることも指摘している。核廃棄物が海洋投棄されてきた太平洋諸島の人々等からも、原発汚染水の海洋放出への懸念が表明されている。これに対し岸田政権は、IAEA(国際原子力機関)の調査報告書で当該海洋放出の科学的安全性が確認されており、問題ないとしている。しかし、IAEAは「中立的な団体」ではなく原発推進機関であることから、その報告書は政府や東電寄りの情報に基づいて作成されており、科学的安全性の保証に疑問があるとの指摘もなされている。

 

 以上のような問題のほか、原発汚染水の海洋放出については、日本も締結している国連海洋法条約(1982)やロンドン条約(廃棄物等の投棄による海洋汚染防止条約、1972)およびロンドン議定書(1996)等の国際法違反の問題がある。

①国連海洋法条約は、「いずれの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止し、……すべての必要な措置をとる」こと、「毒性の又は有害な物質(特に持続性のもの)の陸上の発生源からの放出」を最小限にする措置をとること等を義務づけている。

②ロンドン条約は、「特に、人の健康に危険をもたらし、生物資源及び海洋生物に害を与え、海洋の快適性を損ない又は他の適法な海洋の利用を妨げるおそれがある廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染を防止する」こと、「海洋において廃棄物その他の物(あらゆる種類、形状又は性状の物質)を船舶、航空機又はプラットフォ-ムその他の人工海洋構築物から故意に処分(投棄)することを防止する」こと等を義務づけている。この条約では低レベル放射性廃棄物の投棄は禁止されていなかったが、同条約を強化したロンドン議定書では、環境保護の予防的原則や汚染者損害負担原則が導入されたほか、放射性廃棄物の投棄が原則禁止になっている。

 

 原発汚染水放出は、上記の国際法に違反するだけでなく、漁業で生活する漁業者の権利や、将来にわたり健康被害を受けることなく生活する住民の平穏生活権等の憲法上の人権を侵害する。原発汚染水は海洋放出ではなく、放射性物質の放射線量が低減・無害化するまで、東電等の敷地内で大型タンクを建設して長期保管する方法等が検討されるべきである。


会報113号 2023年7月18日

      「議員任期延長の緊急事態条項」導入改憲策動の危険性

                                          代表世話人 澤野義一

 本年の通常国会後半において、憲法審査会が昨年につづき頻繁に開催された。改憲会派 (自民、公明、維新、国民、有志の会)主導のもとに、9条改憲や改憲国民投票法改正等の論議 も取り混ぜつつ、議員任期延長に関する緊急事態条項導入を中心に論議が行われたが、その ような性急な審議の進め方等に対しては、護憲会派(立憲民主、社民、共産、れいわ)は批判的 姿勢をとった。しかし今後の動きとしては、改憲会派の中から、今秋の臨時国会で条文案をまと め、来年の通常国会で改憲発議をするというスケジュールも示されている。この見解は、国会閉 幕の 6 月 21 日の記者会見で来年9月の総裁任期満了までの改憲実現に意欲を示した岸田 首相の意向に沿うものであるが、緊急事態条項の具体的な内容については、改憲会派では必 ずしも見解が一致しておらず矛盾も露呈している現状もある(ここでの言及は割愛)。

 以下においては、議員任期延長に関する緊急事態条項導入改憲論の問題点について言及 する。現行憲法では、衆院が解散されたときは、40 日以内に総選挙を行い、選挙日から 30 日 以内に国会を召集することになっている(54 条Ⅰ)。しかし、武力攻撃や自然災害等の緊急事 態によって、70 日を超えて選挙と国会召集が困難な場合、6カ月を上限に議員任期延長(再 延長も)を認める条項の導入の必要があるとの見解から、改憲論は、当該条項を明記する改憲 を提案している。 他方、護憲会派は、緊急事態が起きた場合は最低限必要なことは参院緊急集会で対応で きるから(54 条Ⅱ)、議員任期延長は必要ないと主張する。それに対し、改憲会派は、緊急集会 が開催できないことを想定し、緊急事態においては議員任期延長を認めるとか、身分を失って いる議員を臨時に復活させるといったことを可能とする改憲が必要と主張する(衆院議員の任 期満了のときにも適用)。しかし、この見解には次のような問題がある。

 ㋑議員任期延長を認めることは、有権者の信任を受けない正当性のない議員と内閣が居 座り、内閣独裁の恐れがある。つまり緊急事態を口実に選挙を避けて権力を温存した上で、緊 急政令等により政治を行う危険性がある。戦前には、緊急勅令により治安維持法が改悪され た例、近衛内閣が法律により衆院議員任期を 1941 年から1年延長したその間に真珠湾攻撃 を行い太平洋戦争に突入した例がある。㋺緊急時とはいえ主権者の参政権保障のため選挙 は速やかに実施されるべきである。70 日を超えて選挙できない緊急事態は基本的には想定し がたい。戦時のウクライナや大自然災害の被害を受けた諸外国でも選挙は実施されている。㋩ 仮に議員任期延長について改憲を行ったとしても、政権与党の反対で国会が開かれるとは限 らないし、内閣が参院緊急集会を確実に召集する保証もない。改憲与党が平時においてさえ 野党が要求する国会開催(憲法 53 条)をこれまで無視してきた中で、極めて例外的な緊急事 態において本当に国会を開催する意思があるのかどうかも疑問である。㊁議員任期延長に関 する緊急事態条項導入論は、自民党改憲案が想定している本命の包括的緊急事態条項導入 や 9 条改憲につなげる突破口とされていることに留意し、批判していく必要がある。


会報112号  2023年4月4日

              衆院憲法審査会の改憲論議の問題状況               

                                         代表世話人 澤野義一

 

 本年通常国会のもとで、衆院憲法審査会が3月2日から毎週定例で開催され(参院憲 法審査会は4月に初開催予定)、改憲を急ぐ5会派(自民、公明、維新、国民、有志の会) による特定の改憲項目に焦点を当てた改憲論議が行われているが、それは自民党の「改 憲4項目」(9条への自衛隊明記、緊急事態条項新設、参院合区解消および教育の充実 規定)案に沿った改憲策動の一環として進められている。衆参の改憲勢力が改憲に必要 な3分の2を超える昨年の通常国会と臨時国会においては、岸田首相の任期中改憲を念 頭に、過去最多となる計 23 回(衆院 16 回、参院 7 回)の憲法審査会が開催されたが、衆 院憲法審査会では、改憲会派を中心に、緊急時のオンライン国会開催や、緊急時の衆院 議員任期延長等に関する緊急事態条項新設の改憲論議が加速化してきたことを踏まえ、 現在開催中の当審査会において、維新・国民と有志の会は実務者協議によって共同で緊 急事態条項に関する条文案を3月中にまとめる方針で合意している。

 これに対し、共産は「大災害、感染拡大などの緊急時に緊急事態条項がなかったから 対応できなかったことはない」として、立憲民主は衆院が解散していても「参議院の緊 急集会を活用できる」などとして、改憲会派の緊急事態条項新設改憲に反対しているが、 適切な指摘である。というのは、緊急事態条項が戦争・大災害・感染拡大等を口実に国 会を軽視し、人権侵害を伴う内閣独裁ないし政権与党の権力維持のために濫用される恐 れがあるからである。また、改憲与党が平時においてさえ野党が要求する国会開催をこ れまで無視してきている中で、極めて例外的な緊急時において本当に国会を開催する意 思があるのかどうかも疑問であるからである。このような緊急事態条項の本質的論議に 踏み込まず、議員任期延長という極めて例外的な緊急事態問題に審議時間をさく改憲5 会派の論議は不可解であるが、国民受けしやすい緊急事態条項新設改憲を突破口に、9 条改憲論義につなげることがねらいといえよう。

 9条改憲については、改憲会派の誘導により、緊急事態条項新設改憲論議と合わせて 優先的に取り組むべき課題として審議会で論議が行われている実態もある。ロシアのウ クライナ侵略や中国脅威論等を背景に策定された新「安保3文書」の反撃能力保有容認 の安全保障政策を正当化するため、改憲会派はそれぞれの9条改憲論を提案しあってい る。専守防衛(必要最小限)の自衛権論を前提に現行9条を維持した上で自衛隊保持を明 記する自民党の加憲論に類似のものが多いが、有志の会のような9条2項(戦力不保持) 削除論もみられる。なお、9条改憲反対の論拠として専守防衛逸脱論が散見されるが、 専守防衛容認論と受け取られないように留意すべきである。

 その他、国民投票法改正については重要な検討課題(公務員の憲法運動規制等)を積み 残したまま、改憲会派は早急な結論を急いでいるが、テレビやネットの広告規制の是非 にかかわって放送に対する政権の介入をめぐる憲法問題(改憲論議の公正な報道確保の 是非)、同性婚問題等に関した憲法 24 条の解釈論、統一教会と自民党改憲案の関連問題 等が、護憲会派から検討事項として新たに提案されていることは、改憲阻止の観点から は注目できよう。


会報111号  2023年1月24日

 新「安保3文書」における「専守防衛」論批判

                                          代表世話人 澤野義一

 

 岸田政権は2022年12月16日、①安保・防衛の基本方針を示す「国家安全保障戦略」、②防衛目標に関する「国家防衛戦略」、③防衛力の具体的運用等に関する「防衛力整備計画」の「安保3文書」を閣議決定した。これは、2013年に安倍政権が策定した国家安保戦略の改定版(①は元の名称と同じ、②は元の「防衛計画の大綱」、③は元の「中期防衛力整備計画」)であり、2015年に集団的自衛権行使を容認した安保関連法制を、今日の複雑な安全保障環境(台湾有事に関する中国脅威、ウクライナ戦争に関するロシア脅威、核に関する北朝鮮脅威)の下で、実践面から運用できるような防衛力の抜本的強化をはかることを企図している。

 新「安保3文書」は、㋑武力攻撃に対する反撃能力の保有、㋺攻撃型兵器の購入や生産等のためのNATO並み防衛費(5年間で GDP 比2%)増額、㋩自由で開かれたインド太平洋を実現するための日米同盟の強化・同志国との連携強化、㊁防衛体制強化のための様々な関連分野(経済安保、通信、学術研究、海上保安庁、地方自治体等)との連携強化といった、戦争準備のための国家の安全保障の意義・目標・計画等を約100頁にわたり精緻に書いているように見える。しかし、いったん戦争の当事国になった場合、当該戦略で戦争に耐えうるのか、また住民の安全(人間の安全保障)が確保されうるのかは、何の確証もない。例えば沖縄や南西諸島への軍備の集中は住民を危険にさらすることになり、軍民分離を原則とする国際人道法(ジュネーブ条約)違反であるが、このような点は「国民保護」に関する記載事項には全く書かれていない。それはともかく、新「安保3文書」の最も重大な論点である「反撃能力の保有」に関する問題点を以下で検討する。

 新「安保3文書」では、反撃能力は、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」であるが、「専守防衛の考え方を変更するものではなく、武力の行使の三要件を満たして初めて行使され、武力行使が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃」ではないとされている。また、この反撃能力は、これまでは「法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」とされながら、政策判断として保有しなかったが、今般の安全保障環境の下で、反撃能力を保有する政策変更をしたにすぎないとされている。

 しかし、武力攻撃の発生は、敵ミサイルの着弾を待たずに発射段階でも反撃できると解されてきているから、状況次第では先制攻撃も排除されないはずである。また、攻撃能力の保有が従来できないとされてきたのは実質的には違憲とされてきたからで、単なる政策判断と解することは疑問である。そもそもの問題は、必要最小限の自衛力は軍事技術の発達とともに変わる相対的なものであり、必要最小限の自衛(権)のためであれば核兵器使用も集団的自衛権行使も憲法9条に反しないという論法が、反撃能力の保有にも用いられていることである。新「安保3文書」の閣議決定は撤回されるべきであるが、融通無碍な「専守防衛」論や自衛(権)論からもそろそろ決別すべきである。

 


会報110号  2022年10月13日

岸田首相の核抑止力と核軍縮論の問題

                                          代表世話人 澤野義一 

 岸田首相は、核兵器禁止条約締結に対しては一貫して反対している。その理由は、首相就任前の岸田氏が外相として2014年の長崎での核軍縮演説で述べているように、核保有国の核兵器使用が「個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況に限定」して許されるという「核抑止力論」に立脚しているためである。その後、2016年に安倍内閣が必要最小限度で核兵器の「保有」だけでなく「使用」も合憲との閣議決定をしたことを踏まえ、日本が2017年の国連の核兵器禁止条約交渉会議において決議に反対したさい、岸田氏は会見で、同条約が「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深め、逆効果になりかねない」との反対理由を述べている。この考え方は、条約が発効してからも菅政権で継承されているが、岸田首相の演説等でも見直す姿勢が示されていない。それは、岸田首相のライフワークである「核兵器のない世界」(「核兵器廃絶」) 論の矛盾と限界を露呈しているといわざるをえない。

 岸田政権は、2022年6月の核兵器禁止条約第1回締約国会議に参加しなかった。同条約が核抑止力論を否定していることが不参加の理由である。しかし、核兵器禁止条約を批准していないNATO加盟国のドイツやベルギー等がオブザーバー参加したのに比べると、日本の核軍縮への消極的姿勢が顕著である。また、岸田首相は8月のNPT(核不拡散条約)再検討会議に初参加し演説をしたが、核兵器禁止条約には全く言及しなかった。8月の広島平和記念式典のあいさつ等でも、核兵器禁止条約には言及していない。これでは、核の保有国と非保有国間の核軍縮の「橋渡し」ができるとは考えられない。

 なお、ウクライナ戦争を契機とした核抑止力に関する論議として、安倍元首相が「核共有」論に言及したことを受けて、日本維新の会のように積極的に支持する立場もあるが、岸田首相は今のところは支持していない。しかし、それは、集団的自衛権による日米の共同核使用容認論に立っている上述の岸田氏の見解と論理的に整合するのか疑問である。岸田首相の見解はともかくとしても、日米政府間では日米同盟を重視する非公開の「拡大抑止協議」を通じて、「核の傘」の強化策が検討されている点も問題にされる必要がある。立憲民主党も「核共有」論に否定的であるが、「拡大抑止協議」を通じた日米同盟強化の安保政策を評価しているため、核兵器禁止条約批准に対する姿勢が不明瞭である。

 アメリカの管理のもとで核を共同使用する「核共有」は、冷戦下のNATO戦略の遺物で、現在ではNATO加盟国でも5カ国(ベルギー、ドイツ、オランダ、イタリア、トルコ)になっているが、核を保有しない国に核を持ち込むことを禁止するNPTが成立してからは認められないし、核兵器禁止条約にも反する。日本で「核共有」を認めれば、アメリカの核が秘密裏でなく公式に沖縄等に配備されることになる。日米間の「核の傘」政策だけでなく、それを一層強化する「核共有」論は、憲法9条や非核3原則に反し、核軍縮の進展を阻害することにもなるので容認することはできない。


 

会報109号  2022年7月26日

       参院選後の岸田政権下の改憲と国家安全保障戦略

                                                代表世話人 澤野義一

7月10日の参院選の結果、「改憲4党」(自民・公明・維新・国民)93議席を獲得し、非改選議席と合わせ177議席となり(その他にN党や参政党も改憲指向)、改憲発議に必要な参院定数の3分の2(166)以上を維持したことにより、改憲勢力が3分の2議席を維持できなかった前回2019年の安倍政権下の参院選(160議席)とは異なる改憲勢力状況となった。この状況を踏まえ、岸田首相は翌11日の党本部記者会見で、自民党「改憲4項目」案が「現代的課題であり、党是の実現に向け、国会での議論をリードしたい」とし、秋の臨時国会では、「今回の選挙で示された民意を受けて、与野党全体で一層活発な論議が行われることを期待する」と述べた。

しかし、今回の選挙結果から、改憲勢力の改憲公約が有権者に支持されたと即断することには疑問がある。参院選直後(1112)に実施された共同通信の世論調査では、投票で最も重視した項目のうち、上位を占めたのは「物価高対策・経済対策」(42.6)や「年金・医療・介護」(12.3)で、「憲法改正」は5.6%にとどまり、改憲を「急ぐべきだ」が37.5%に対し、「急ぐ必要はない」が58.4%である。同様の傾向は、参院選直前の読売や朝日新聞の世論調査にも見られる。

このように改憲政党の思惑と有権者の意識には大きなズレがある上に、改憲政党の間においても改憲項目や改憲優先項目等において一致しているとはいえない状況(例えば9条改正や緊急事態条項に関して公明党は消極的ないし慎重)や、憲法改正国民投票法の改正問題でいまだ合意できていない状況等があるため、岸田首相が期待するスケジュールで改憲策動が実現されることにはならない。とはいえ、衆院においても改憲発議ができる3分の2議席を有する改憲勢力が占めている現状では、改憲派の改憲策動に対して警戒を怠ってはならない。

それと同時に、憲法9条改正にかかわる安全保障政策に対する岸田政権の新たな「国家安全保障戦略」の策定についても、批判的に見ておく必要がある。これまでの国家安全保障戦略は2013年に安倍政権で定められたものであるが、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域への対応も含めた防衛体制の整備は、2018年の防衛大綱・中期防衛整備計画の策定により行われてきた。しかし、岸田政権が今日的状況で一層の軍備強化(軍事大国化)を推し進めるため、従来の国家安全保障戦略等を改訂しようとしている中で、その改訂に「有益な貢献」をする意図で自民党の「安保提言」が4月27日に政府へ提出され、今年度末までに改訂されると報じられている。

 

「安保提言」は、米中「冷戦」による台湾海峡危機や、国際秩序の現状を一方的に変更したロシアのウライナ侵略戦争のような事態が東アジアでも顕在化する懸念があること等を口実に提案され、①NATO並み防衛費の増額、②ハイブリッド戦等に対応する新たな戦い方の強化、③反撃能力の保有、④NATO連携強化等を含む自由で開かれたインド太平洋の連携強化、⑤自衛官の人材確保、⑥武力攻撃からの国民保護体制の強化、⑦原発の警護等の検討課題をあげている。しかし、外交よりも軍備強化態勢を重視したことがウクライナ戦争の要因であったとの教訓からすれば、非軍事的な平和外交を通じた安全保障のあり方こそが本格的に検討されるべきであろう。


 

会報108号 2022年4月1日

 ロシアのウクライナ侵略と憲法9条

                                          代表世話人 澤野義一

 

1. ロシアのウクライナ侵略の違法性

 プーチン大統領は2022年2月21日、すでに独立宣言をしていたウクライナ東部2州のドネツクとルガンスク共和国の国家承認を行った上で、ロシアと共和国の相互安全保障条約を締結したことを踏まえ、ウクライナが住民にジェノサイド行為を行っていると主張する共和国の要請による集団的自衛権行使を口実に、24日からロシア軍は特殊軍事作戦と称してウクライナに軍事侵攻を開始した。しかし、それは国際法違反の侵略であり、その後の戦闘行為の展開も戦争犯罪になる違法行為である。

国連総会は、3月2日、ロシアが核戦力の準備態勢強化を行うことを決定したことや、国連憲章で保障されるウクライナの主権・独立・統一・領土保全原則を侵害したこと等を非難し、ロシア軍の完全かつ無条件の即時撤退を求める決議を行った。決議は中国やインド等35カ国が棄権、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアの5カ国が反対したが、141カ国の賛成多数で採択された。決議には法的拘束力はないが、ロシアの軍事進攻は正当な集団的自衛権行使として容認できないことが示された。ウクライナがロシアに武力攻撃をしていない状況でロシアが先制的武力攻撃をしたことは、正当な自衛権行使とはいえず、侵略となる。また、2州の共和国は国連が独立国家として認めていないため、集団的自衛権行使をロシアに要請しうる資格があるのか疑問もある。

ともかく、国連憲章では武力行使は原則禁止され、国際紛争については外交交渉等による平和的解決が求められている。したがって、後述するように、ロシア側に武力行使に至る国際政治的な背景や動機があるにしても、先制的武力行使による解決は許されない。

ロシアのウクライナ侵攻後の戦闘行為の違法性については、次のことが指摘できる。戦闘行為が始まってしまうと、戦争(武力紛争)や人道保護に関する国際法(1949年以降のジュネーブ諸条約)が遵守されなければならない。同条約では、軍事施設や軍隊と区別しないで、民間施設・病院・教育施設・文化財・無防備都市・住民等を無差別攻撃することが禁止されているほか、原発への攻撃も禁止されている。また占領下においても住民の人権が保障されることになっている。しかし、ロシアの戦闘行為はメディアで連日報道されているように、条約の諸規定に反しており違法である。

ロシアが核兵器の使用をほのめかしている点については、国家存亡の差し迫った危機への自衛の必要性がない限り、核兵器の使用や威嚇は認められないという国際司法裁判所の勧告的意見(1996年)によれば、核兵器をもたないウクライナに対するロシアの核兵器使用の緊急性・必要性はないから、国際法違反であるといえる。

以上のように、ロシアのウクライナ侵略と戦闘行為はジュネーブ諸条約等に反しており、国際刑事裁判所で戦争犯罪が今後問われることになろう。

 

2. ロシアのウクライナ侵略の背景

 ロシアの侵略戦争がまずは批判されるべきであるが、それと同時に、この問題の国際政治的な背景も見ておく必要がある。冷戦後における東西の軍事同盟体制の縮小・解体の歴史的チャンスが活かされずに、アメリカ中心のNATOと、ソ連中心のワルシャワ軍事機構に代わるCSTOという集団安全保障機構(ロシア、ベラルーシ、カザフスタン等6カ国参加)との米ロ「新冷戦」が存続する中で、その最前線にあるウクライナの政権は、どちらの陣営に与するかの選択を迫られ、揺れ動いてきた経緯がある。

1991年ソ連邦崩壊後、独立した東欧諸国の中には、90年代に中立国を目指す動きもあり、モルドバやトルクメニスタンは永世中立、ベラルーシは中立を憲法で明記し、ウクライナは主権宣言において軍事ブロックに加わらないことを明記した。その一方、東欧諸国のNATO加盟の権利は認めるが拡大に配慮する趣旨のロシア・NATO協定(1997年)は、NATOによって無視され、ポーランド、ハンガリー、チェコ、バルト3国等の東欧諸国は次々とNATOに加盟した(当時の16カ国から現在は30カ国)。なお、CSTOに加盟しているベラルーシは、本年2月の国民投票による憲法改正で、建前的な非核および中立条項を放棄し、ロシアのウクライナ侵略戦争を軍事的に支援している。

さて、多くの東欧諸国のようにウクライナもNATO加盟路線を明確にし、ロシアによるクリミア併合もあってアメリカ等からの武器や資金提供を受けて軍備増強がなされるようになると、ロシアはそれに脅威をいだき、ウクライナのNATO加盟を阻止することがウクライナ侵略の動機になったと考えられる。それは、ロシアがウクライナとの停戦交渉における要求として、ウクライナのNATO加盟を阻止する「中立化」と、ロシアへの軍事的脅威をなくす「非武装化」にこだわっていることからも見てとれる。

なお、仮に「中立化」が妥当としても、紛争当事国のロシアとウクライナの2国間の合意ではなく、戦前の日ソ中立条約のようにロシアが一方的に中立を破棄して参戦したようなことが起きないようにするには、多国間ないし国連等を介して「中立化」の内容や保障が決められるべきであろう(武装の有無はウクライナ自身が決めるべき問題)。国連の満場一致で承認・支持された永世中立国として、上記のトルクメニスタンの例が参考になる。

 

3. ロシアのウクライナ侵略と憲法9条

 以上のことを踏まえて、最後に、ロシアのウクライナ侵略と憲法9条との関連問題について言及しておくことにする。ロシアのウクライナ侵略と戦争を契機に、日本政府によるウクライナへの防弾チョッキ等の供与が行われたほか、非武装の憲法9条では戦争は防げないとして自衛隊を明記する改憲正当化論、NATO並みのGDP比2%の軍事費増額要求、小型原発保有やアメリカとの「核共有」論も顕著になっている。

しかし、まずは、このような動きが、戦争に動員されて武器をもって闘うウクライナ市民の勇敢さや愛国心をメディア等で評価する論調と一体となって大きくなることには警戒する必要がある。日本では有事における国民保護法による市民の戦争協力に関連する。

第2に、ウクライナへの防弾チョッキ等の供与は、紛争当事国への装備品の輸出を禁止している防衛装備移転三原則に反する。なお、アメリカ等のウクライナへの武器供与によりウクライナの軍備が増強され、武器の有効性を試す実験場になっている現実もある。

第3に、「核共有」は、冷戦下のNATO戦略の遺物であり、しかも数カ国の協力方針にとどまっているほか、核不拡散条約(NPT)が成立してからは核を保有しない国に核を持ち込むことは違反であり、核兵器禁止条約や日本の憲法9条・非核三原則にも違反する。「核共有」を認めれば、沖縄等に核が持ち込まれる恐れがある。

第4に、9条では侵略に対処できないという主張に対しては、ウクライナが専守防衛に備えていても防衛や住民の安全確保がむずかしい現実を直視する必要がある。むしろ軍事的抑止力によらない9条による平和外交政策を平時からとることの方が、侵略の誘因を回避できるように思われる。そのような平和政策として、ジュネーブ諸条約を活かした無防備平和地域宣言等も検討される必要があろう。

 

 

 

 


会報107号 2022年2月

            米軍基地クラスター感染と日米地位協定

                                              代表世話人 澤野義一

 

 新型コロナ感染が昨年10月以降全国的に低く抑えられ、オミクロン株の流入を阻止するため外国人の入国も原則禁止されている中で、12月中旬頃から沖縄米軍基地で発生したクラスター感染が基地周辺住民にも広がり、沖縄県のコロナ感染が急拡大している。同様の現象は、岩国基地のある山口県や隣接の広島県でも生じており、本年1月9日から、コロナ特措法の「まんえん防止等重点措置」の適用地域となっている。その主要な要因は、米軍関係者(軍人や家族)に入国と移動の自由等を容認している日米地位協定(1960年)にあることはほぼ明白である。米軍犯罪に対する日本の警察権や裁判権が大きく制約されている問題等に関しては、地位協定の問題と見直しがこれまでも指摘されてきたが、米軍基地のクラスター感染との関連でも、地位協定の問題が改めて問われている。

 日米地位協定によれば、米軍関係者は米軍施設に出入りすることは自由で(5条)、外国人の登録や管理に関する日本法令の適用は除外されているが(9条)、検疫の扱いは明確でない。しかし、「外国軍用艦船等に関する検疫法特例」(1952年)により、検疫前の入港等の禁止や検疫官の立入権等を定める「検疫法」(1951年)の適用が基本的に除外されている。ただし、運用に関しては米軍が検疫を実施し、感染者が出たときは日本の検疫所と協議の上、所要の措置をとるとの日米合意(1961年日米合同委員会)がある。とはいえ、運用上の合意では、実際に検疫が実施され、所要の措置がとられる保障はない。米軍基地からのコロナ感染拡大を確実に防止するには、米軍関係者への適用除外を認める地位協定を改定し、検疫等の扱いに関する明確な規定を同協定9条で定めるとともに、「検疫法特例」等は廃止すべきである。

対米従属性の強い日米地位協定と異なり、外国では、米軍基地の管理権が原則的に受け入れ国にあり、立ち入りも認められる地位協定もある。例えば、オーストラリアでは、「米豪地位協定」(1963年)により、米国政府は米豪間で有効となっている合意と合致するように、オーストラリアの検疫法等を遵守し、米国人員もそのような法令を遵守しなければならない(13条)。ドイツでは、国内に駐留する米軍が中心のNATO軍に関する「ボン補足協定」(1993年改定)により、検疫に関してはドイツ国内法が適用される(54条)。イタリアでは、協定に相当する基地管理権等に関する「実務取極」(1995年)で、公衆の生命・健康に危険を生じさせる米軍の行動に対してイタリア当局が介入して中止させたり、基地内にも立ち入ることができる(6条、15条)。

駐留軍に対して受け入れ国の国内法令が原則適用されると考える今日の国際法の観点からすれば、特別の取決めがない限り国内法令は原則適用されないという日本政府の見解は改められるべきである。また、集団的自衛権体制を認めない非軍備中立を理念とする日本の平和憲法によれば、日米地位協定の基にある日米安保条約が廃棄されるべきであるが、当面は日米地位協定の抜本的な見直しが必要である。

 

 


会報106号 2021年10月

 

      岸田文雄・自民党新総裁の改憲と安保政策論

                                                           代表世話人 澤野義一

 

菅首相の退陣表明を受けた自民党総裁選の結果(9月29)、岸田氏が河野・高市・野田氏を破り新総裁に選出されたが、総裁選での政策提言にみられるように、今後の新内閣においても、これまでの「安倍・菅政治」を継承する方針であることは明らかである。ここでは、改憲と安保政策論に関する岸田氏の見解を検討する。岸田氏は自民党内ではハト派のイメージがあるが、実際の言動はそうではない。一切の戦争と軍備放棄を定める日本の平和憲法を「解釈改憲」により形骸化する安保政策を外相就任時に遂行しており、「明文改憲」も実行しようとしている。

 

改憲については、岸田氏は総裁選において、安倍前首相が言っていたフレーズだが、「首相任期中の改憲」を主張している。「自衛隊の9条への明記は違憲論争に終止符を打つために重要だ。未来に向けて推し進め、国民の憲法を取り戻したい」と述べるなど、「自民党改憲4項目」の実現を課題にあげている。岸田氏は、「9条改憲の当面の必要性はない」との自民党鴻池派のハト派的立場から安倍首相らとは対立する時期もあったが、2017年に安倍「自民党改憲4項目」案が提示された頃からは、安倍改憲論に同調するようになっている。

 

安保政策については、岸田氏は総裁選において、中国脅威論を念頭に、「自由で開かれたインド太平洋構想」の実現や「敵基地攻撃能力の保有」などの安倍政権以来の課題を提言したり、台湾海峡有事に際しては集団的自衛権行使ができる存立危機事態に該当するとの発言などをしている。また、このような政策実現には多額の費用がいることから、防衛費は対GDP1%の数字には縛られないとして、軍拡を指向している。

 

岸田氏のこれまでの安保政策をみてみると、201212月第2次安倍政権発足から2017年8月までの約5年近く外相(防衛相も短期に兼務)を務めている間に、安倍内閣の閣僚として、集団的自衛権行使を可能にした安保法制の制定(2015)や、辺野古新基地建設(2017年4月着工)の強行など、日米軍事同盟強化を推進している。

 

核兵器政策については、岸田氏は核兵器禁止条約締結に一貫して反対している。それは、2014年長崎での核軍縮演説で述べているように、核保有国の核兵器使用が「個別的・集団的自衛権に基づく極限の状況に限定」して許されるという、核兵器使用の国際法的な合法性論に立脚しているためである。その後、2016年に安倍内閣が必要最小限度で核兵器の保有だけでなく使用も合憲との閣議決定をしたことを踏まえ、2017年3月、日本が国連の核兵器禁止条約交渉会議において同条約決議に反対した際、岸田氏は会見で、同条約が「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深め、逆効果になりかねない」との反対理由を述べている。この考え方は、本年1月に同条約が発効してからも政府で踏襲されており、岸田新内閣でも変わりそうにない。

 

 

総裁選では、菅政権下で成立した「改憲手続法」改正や「重要土地利用規制法」などの違憲立法の問題は全く言及されなかったが、これらの立法を含め、岸田新内閣の改憲策動や安保政策に反対していく必要がある。


会報105号 2021年7月

 

   戦争準備のための「重要土地利用規制法」の問題        

                                          代表世話人 澤野義一 

 

 6月11日に「憲法改正国民投票法改正案」が国会で成立したのに続き、5日後の16日未明、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」(「重要土地利用規制法」)が、自民・公明・維新・国民民主党の賛成により参院で強行採決された。同法施行は来年4月。本年3月に内閣法案として衆院に提出されて以降、審議に要した時間は極めて少ない。

 

 コロナ問題に関する国会審議やメディア放送ばかりが放映される中、国民には目立たない形で、「重要土地利用規制法」が急いで制定された理由は何であろうか。法律名からは分かりにくいが、その目的は、戦争ができる体制づくりの一環として、軍事施設周辺や離島等の土地利用を安全保障を口実に規制することである。戦前の要塞地帯法や軍機保護法等の現代版である。菅政権は、先制攻撃も可能な敵基地攻撃能力の保有や南西諸島の軍事力を強化するとともに、バイデン政権との日米同盟強化の下で、「クワッド」を中核にした「中国包囲」の共同軍事訓練をアジア太平洋地域で急ピッチで行っている。

 

 当該法律の要旨は、次の通りである。①内閣総理大臣は、自衛隊や米軍基地、生活関連施設等の「重要施設」の周囲おおむね1km内や国境離島内にある区域を「注視区域」に指定する。②区域内にある土地及び建物の利用実態を調査できる。③土地等を重要施設や離島の機能を阻害する行為の用に供したり、供する明らかな恐れがあると認められるときは、土地等の利用中止などの勧告をしたり、罰則付きの命令ができる(2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金)。④「注視区域」のうち「特別注視区域」とされた区域においては、土地等の売買などについて、当事者に事前の届出を罰則付きで義務づけることなどができる(6月以下の懲役又は100万円以下の罰金)。

 

 法律の具体的問題点は次の通りである。㋑生活関連施設の内容は条文に明記されていないが、原発等が入る。㋺重要施設等の機能を阻害する行為を防止する目的で、基地や原発反対運動等が規制される恐れがあり、表現・集会の自由が侵害される。㋩土地等の利用状況の調査のための個人情報の収集や、関係者への情報提供要求がなされると、プライバシーや思想信条の自由を侵害し、密告奨励にもなる。㊁重要施設等の機能を阻害する行為を防止するため、国等による注視区域内の土地等の買い取りができることは、土地等の強制収用で、戦後の平和憲法下の土地収用法に抵触し、財産権侵害にもなる。㋭法律では、基本方針の策定が政府に委ねられており、政令委任事項が多く、条文内容が不明確な点で、「法による行政」の原則に反する。㋬不明確な法律による罰則は、憲法31条の適正手続きの原則に反する。㋣より根本的問題は、外国資本による土地買収が日本の安全保障を脅かしているから土地利用規制が必要という法案提出側の口実もあったが、そのような脅威に当たる実態がないことは政府からも答弁されており、正当な立法事実がないことである。

 


会報104号 2021年4月

コロナ関連法改正による罰則新設の違憲性

                                                                                                                                                      代表世話人 澤野義一

 

 菅政権下で新型コロナ感染拡大防止の実効性を高めることを目的に、コロナ特措法、感染症法等が2月3日に改正され、13日に施行された。コロナ特措法においては、①緊急事態宣言下で、知事は事業者に対し休業や営業時間短縮等を要請し、事業者が正当な理由なく命令に応じない場合、30万円以下の過料を科せられる。②緊急事態宣言の前(あるいは解除後)でも、「まん延防止等重点措置」として、知事は事業者に対し営業時間の変更・短縮等を要請し、事業者が正当な理由なく命令に応じない場合、20万円以下の過料を科せられる。③さらに、緊急事態宣言や「まん延防止等重点措置」による命令を行うための立ち入り検査を事業者が拒否した場合、20万円以下の過料を科せられる。

 感染症法においては、①知事等が感染者に対し自宅・宿泊療養を要請できるうえに、入院勧告に応じない場合や入院先から逃げた場合、50万円以下の過料が科せられる。②保健所の調査に対して、感染者が正当な理由なく虚偽の申告をしたり、調査を拒否したりした場合、30万円以下の過料を科せられる。③そのほか、知事等が医療機関に対して行った感染者の受け入れ勧告を正当な理由なく応じない場合、医療機関名が公表される。

コロナ特措法における営業時間短縮等については、それに見合う財政上の「正当な補償」でなく、必要な措置を講ずると規定されるだけの現状において違反行為が罰せられることは、事業者の生活にかかわる営業の自由(憲法22条と29条が根拠)を侵害し、労働者の雇用や賃金保障にも悪影響を及ぼす。国の政策により特定の事業者が特別犠牲を被る場合、憲法29条3項でいう財政上の「正当な補償」がなされるべきで、それが伴わない罰則は違憲である。また、過料を支払っても生活のため、やむを得ず営業を選択する事業者が出ることも想定されるから、罰則の有効性にも疑問がある。

感染症法における入院拒否等の罰則新設は、偏見や差別により感染者の入院を強制したハンセン病等の歴史を反省して制定された感染症法の人権尊重の理念に反する。必要なことは、想定しにくい入院拒否等の罰則でなく、医療崩壊により入院ができずに自宅療養が強いられている現状への対策である。また、感染者の受け入れを拒否した医療機関名の公表については、医療体制の充実・整備のための援助がまず必要である。

 「過料」は、感染拡大防止という法律の目的達成に必要不可欠でもないので、不必要な罰則を禁ずる憲法31条(適正手続の保障)に反する。「まん延防止等重点措置」については、営業時間の変更以外は政府が国会の承認なしに政令で定めることができるのは、政令への罰則の白紙委任を禁ずる憲法73条6号に反し、政令を法律と同等視する自民党改憲草案の緊急事態条項の先取りでもある。今回制定された政令では、例えばマスク非着用者の入場を禁止し違反者を罰することも可能であるが、その是非等は国会で議論されていない。

 


会報103号 2021年1月

 

核兵器禁止条約発効の意義

                                                                              代表世話人 澤野義一

 

201777日の国連会議において122の国・地域の賛成で採択された核兵器禁止条約は、20201024日、50カ国の批准に達し、2021122日に発効した。同条約は、核兵器(核爆発装置も含む)の開発、実験、製造、保有等のほか、使用および「使用の威嚇」も禁止している。また、条約で禁止された活動を援助したり、自国領域に他国の核兵器を配備することを許可することも禁止している。このような核兵器を全面的に禁止する初めての条約が発効した歴史的意義は大きい。

現実的には、①米露を中心に中国も含め、核兵器の近代化・軍拡が進められている。②大気圏や水中だけでなく地下核実験も禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT184カ国が署名)は、核保有国等が未批准のため、まだ発効していない。③米露の新戦略兵器削減条約(START)は、20212月に延長されなければ失効する。このような現状において、核兵器禁止条約により核兵器の違法性が国際法規範として認定されることになったとはいえ、その法的効力が核保有国等に及ばないことから、同条約の有効性に疑問を呈する主張も国内外で見られる。

 しかし、核兵器禁止条約発効が、条約批准国以外にも事実的な影響力を及ぼすことになるであろう意義を軽視すべきではない。①過去の例では、対人地雷やクラスター弾を禁止する条約の発効が、条約に参加していない国々にも影響を与え、両兵器の使用や製造、輸出入等が激減し、中止されているところもある。②核兵器禁止条約は国連加盟国の約3分の2の賛成をえており、署名国が86カ国あることから、批准国がさらに増える可能性が十分ありうる。NATOに加盟し米国の核兵器配備を受け入れているベルギーの新連立政権等は、条約署名を求める世論が多数を占める中、条約署名を肯定的に探求する政策を打ち出している。

 日本の安倍・菅政権は、条約の署名・批准に反対している。その背景には、歴代政府の次のような核政策がある。①核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという「非核3原則」が、法的拘束力がない政策にすぎないこと。②安保政策が、日米同盟を前提にした米国の「核の傘」に依存していること。③積極的核廃絶提案とは一線を画した核軍縮(核保有国と非核保有国の橋渡し)政策をとっていること。④核エネルギーの平和利用の名の下での原発推進政策(日米原子力協定を前提)と潜在的核兵器保有論が結びついていること。⑤憲法9条の解釈改憲により、必要最小限の自衛のためには核兵器の保有だけでなく、使用も合憲としていること。

 

 日本政府は、このような非武装平和憲法の理念に反する核政策を根本的に見直し、被爆国の立場を自覚して、核兵器禁止条約に署名・批准すべきである。


会報102号 2020年10月

             平和憲法違反の「敵基地攻撃能力」保有論

                                                                                                                                        

                                           代表世話人 澤野義一

  9月に発足した菅新政権は、イージス・アショア配備の断念を受けて、安倍前政権で方針とされた「敵基地攻撃能力」の保有について、自民党の「抑止力向上に関する提言」に基づき、本年末までに結論を出す検討を進めている。そこでは、「敵基地攻撃能力」の保有は、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」と表現されているが、実質は同じである。

  従来の政府見解(1956年の鳩山内閣以降)では、他に防御手段がないと認められる限り、自衛権の範囲内で「敵基地攻撃能力」を保有し、敵基地を攻撃することは法理的には可能(憲法解釈上は合憲)としつつも、政策としては「敵基地攻撃能力」を保有することは考えないとされてきた。しかし、「提言」は、近隣国からの弾道ミサイル攻撃等の脅威を口実に「敵基地攻撃能力」を保有する方向性を示しているが、次のような問題がある。

  第1に、国際法(国連憲章51条)では自衛権行使は、相手国から武力攻撃を受けた場合に可能とされているが、ミサイルによる戦争の場合は、相手国から攻撃される前に先制的に攻撃する傾向になりがちで、攻撃着手の段階であれば相手国を攻撃しても正当な自衛権行使とみる日本政府のような見解もある。しかし、相手国の攻撃着手は、地下施設や移動式車両等からのミサイル発射の場合には着手の判断が困難なこと、またその攻撃がどこに向かうかの判断も困難であるため、攻撃の有効性に疑問があるほか、国際法に反する先制攻撃になる危険性があり、政府が建前にしている専守防衛を逸脱することにもなる。

  第2に、「敵基地攻撃能力」を保有することになれば、それを可能にする兵器を持つことが必要になる。攻撃型空母や長距離巡航ミサイル等のほか、偵察衛星や無人偵察機、電子戦機等の「宇宙、サイバー、電磁波領域の能力」保有も必要となる。敵基地攻撃を有効にするには、一部の発射基地をミサイル攻撃するだけでは意味をなさないからである。現在そのための準備がなされているが、兆単位の軍事費が必要になる。

  第3に、「宇宙、サイバー、電磁波領域の能力」を保有し実効ならしめるためには、相手国のミサイル発射を監視し、リアルタイムで追跡する衛星監視システムが必要になるが、それはアメリカ軍との連携が必要なため、日米軍事同盟がさらに強化されることになる。

  第4に、相手国への攻撃が有効でなく、自国よりも多数のミサイル等を保有する相手国から反撃を受けた場合、小さな領土の日本では自国民に多数の犠牲者が生じ、平和的生存権が侵害される危険性がある。そうなると、「国民保護」を口実に、地方自治体を動員した避難施設の確保や、住民の避難訓練の強要等も検討される恐れがある。

  そもそも、日本の平和憲法のもとでは、自衛のためであれ一切の軍備を持たず、戦争をしないことが理念である以上、「敵基地攻撃能力」保有合憲論は法理的にも、政策的にも正当化できない。 

 


会報101号 2020年7月

 

新型コロナ感染症拡大と「健康権」

 

                                         代表世話人 澤野義一

 

 新型コロナ感染症が全国的に拡大して以来、PCR検査が受けられないことや、保健所が機能していないことなどが大きな問題になり、医療体制の脆弱性が判明した。その原因は、1990年代からの福祉政策を軽視する歴代政府の新自由主義政策にある。1994年の地域保健法により、1992年に852カ所あった保健所は、2019年には472カ所に半減した。大阪市など政令指定都市では、すでに各区1カ所ずつあった保健所が市全体で1カ所になっている。

  新自由主義政策に欠けているものは、だれでも医療を受けることが基本的人権であるという認識である。この政策の問題点は、日本に限ったことではなく、コロナ感染者が急増した国々にみられる。そこで、国連の人権専門家らは、「すべての人に例外なく人命救助を受ける権利があり、そしてその責任は政府にある」との声明を出している(2020年3月26日)。

  この声明で意識されているのは、第2次世界大戦直後の1946年に署名されたWHO 憲章(1948年発効)である。憲章は、「すべての人々が到達可能な最高水準の健康を享有することは、基本的人権のひとつであり、人種、宗教、政治的信条、経済的・社会的条件によって差別されない。」と規定している。同憲章は、第1次世界大戦中に世界的に拡大したスペイン風邪等の国際社会の感染症対策の経験や、第2次世界大戦による多数の人々の犠牲の反省から生まれた。その後、憲章の理念をより具体化するため、国際人権規約(1966年採択)第12条は、健康権の再確認(定義)とともに、「伝染病、風土病、職業病その他の疾病の予防、治療及び抑圧」「病気の場合にすべての者に医療及び看護を確保するような条件の創出」等の課題を規定した。

これらの国際法における健康権観念の発展を踏まえ、現在では100カ国を超える憲法が、健康(権)に関する規定を導入している。その中でも、2009年制定のボリビア憲法は興味深い。新自由主義の否定を明記した上で、第18条では、「①すべての人は、健康への権利を有する。②国は、すべての人が、除外されることも差別されることもなく、健康へ包摂され及びアクセスすることを保障する。」と規定する。第344条では、外国軍事基地設置を禁ずる平和主義(第10条)を前提に、健康や環境に影響を与える核兵器の製造・使用や核廃棄物の搬入等も禁止している。

 1946年制定の日本国憲法は、第13条で「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は・・・最大の尊重を必要とする。」と規定した上で、第25条で「①すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。②国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定し、WHO 憲章と同時期に先駆的に健康権を根拠づけている。この点に着目すれば、安倍政権には福祉政策を軽視する新自由主義政策をやめて、公衆衛生や福祉予算を拡充することが求められる。その費用は、平和主義憲法の理念を踏まえ、米軍への思いやり予算のほか、増大する軍事費を当てるべきである。